フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ES
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【内定】エントリーシート(コンサルタント)
コンサル・シンクタンク 2025卒 男性
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Q 志望理由
A 志望理由は、ITとコンサルティングのスキル両方を向上させられると考えているからです。御社は全員がコンサルタント、全員がエンジニアということで、双方のスキルを身につけることができると認識しています。課題解決を高いレベルで行うためには、どちらのスキルも必要だと考えているため、御社を志望する。御社は様々な業界に顧客を持ち、社会課題の解決への姿勢が高く、コンサルから運用保守まで一貫して行っている点が魅力だと感じている。私も御社で顧客に寄り添ったソリューション提案により、多くの人や企業の持続的なサポートを行っていきたい。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 0 -
エントリーシート(営業)
金融・保険 2025卒 男性
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Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に書いてください。(800字以内)
A 小学生のうちに転校を経験していて、新しい環境に適応するのに大変だったこともあったが、大変なこと以上に新しいことに挑戦する楽しさの方が強かった。小学1年生から家族の影響で○○を始めた。○○を続けることができたモチベーションは、○○が好きだったことや○○を通じて関われた人との関係を築いていくことが楽しかったためだと考える。 ○○を部活でやりたいとおもい、○○部がある学区外の中学に進んだ。仲間と切磋琢磨し合いながら練習を重ね、個人団体共に都大会に出場した。一人で取り組んできた○○だったが、中学時代の部活動を通して仲間と一緒に目標に向けてチャレンジする魅力に気づいた。また、学級委員や生徒会に所属した。団体を動かす組織のリーダーとしての経験をすることは今後の自分に活かすことが得られると思い生徒会に所属することを決めた。 高校でも○○部に入り、○○を目指して部員、先生一丸となって取り組んでいた。自分のためでなく仲間のため人のために全力を尽くすことのやりがいを強く感じ、常に人のためになれる存在でいたいと思うようになった。チームで一つのものを創り上げていく事のやりがいを強く感じた。 大学でも○○部に入り、士気の高いチームを作るために一人一人に寄り添ってヒアリングを行った。人に寄り添い課題を解決していくことにやりがいを強く感じた。また、コミュニケーション力向上のために飲食店でアルバイトを始め、多様なお客様に寄り添いニーズに応えたサービスを提供してきた。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 0 -
【内定】エントリーシート(ITコンサルタント)
金融・保険 2025卒 男性
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Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に簡潔に書いてください。
A 小学生時代は中学受験の勉強をしながらも、ほとんど毎日友達とサッカーや野球をして遊んでいた。毎日服を汚して家に帰っていた記憶がある。それでも夜はしっかり勉強し合格を勝ち取れたため、やりきる力が身についたと自負している。 中学校では●●に打ち込み、身体的にも精神的にも成長できたと思う。仲間と同じ目標に向かって努力する楽しさ、成し遂げた時の達成感を味わうことができ、人間として大きく成長できたと考える。 高校では周囲のモチベーションを上げる役割になることが多かった。私は文化祭の実行委員会に所属し、用具設備係と広報担当として活動した。中には係の仕事よりも自身のクラスの出し物を優先する人がいたり、やる気のない人もいたりとモチベーションがバラバラだった。そこで、一人一人の考えていることやしたいこと、改善案を聞いて理解することを心がけた。全員の強みが活かせるように役割を決め効率よく用具の設置ができ、また広報活動も順調に行うことができた。メンバーの仲も深まり大成功を収めることができたのは、メンバーへの気配りや積極的にコミュニケーションをとったことが要因であると思う。 大学では、コロナ禍でなまけ癖がつくのは嫌だという強い思いから日商簿記検定2級の合格を目指し独学で勉強した。短期合格を目標とし、毎日図書館の閉館時間まで残って勉強した結果、2か月程度の学習で合格することができた。合格後は、目標が無くなったため新たに○○の勉強を2023年6月から開始し、現在も合格に向けて勉強中である。今後も意欲的に勉強を続けたいと考えている。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 0 -
【内定】エントリーシート(ITコンサルタント)
コンサル・シンクタンク 2025卒 男性
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Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に書いてください。(400文字以上800文字以下)
A 小学校: サッカーで地区の選抜選手に選ばれたことである。もともと負けず嫌いな性格もあり、毎日のように練習を繰り返した。その結果、地区大会でも得点ランキングで上位に入ることができ、5年生から6年生にかけて地区の選抜選手に選ばれた。現在の自分の特徴でもある「やるからには上を目指す」という行動理念を培った経験であると考える。 中学: 修学旅行で人に道を聞いた経験である。修学旅行で京都を班ごとに自由行動している際に道に迷った。自分を除いた班員は大人なしで見知らぬ土地を訪れた経験がなく、地図見ながらどうするか悩んでいた。私は知らない土地の地図を自分達だけで見るよりは地域の人に聞いた方が早いと考え、近くにいた現地の人に地図を使って道やそこに行くまでの手順を教えてもらった。私の自分だけで解決できない問題は抱え込まず他人に相談し、解決への近道を探るという考えが当時から発揮されていたと考える。 高校: 高校一年生でフットサルを辞めたことである。小学校のサッカーと並行して始めたフットサルでは一時期との代表選手にも選ばれるなど納得する経験ができていた。しかし、大会中に怪我をしたことでブランクが開き、復帰してもすぐに自分の納得いく結果が出すことができず周りから反対されながらも辞める決断をした。周りから反対されることでも自分が思った通りに行動する性格が出た出来事であったと考える。 大学: 研究室に配属されたことである。私はより早く専門的な知識に触れ、実践的な研究をしたいと思い、3年生の後期から配属された。研究室で必要とする専門的な知識が不足しており、当初は論文などを理解できず悔しい思いであった。そこで先輩との意見交換や専門書の学習などの自主的学習を積極的に行った結果、4年生の初めに国際学会で発表でき、専門知識を交えた議論を交わすことができた。この経験は私の好奇心の強さや努力できる力を発揮することができた。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 0 -
エントリーシート(ITコンサルタント)
コンサル・シンクタンク 2024卒 女性
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Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に書いてください。(400文字以上800文字以下)
A 小学3年生の頃、空中逆上がりを修得したい思いで練習し続けた経験がある。放課後毎日、母にコツを教わりつつ、日が暮れるまで公園で練習。10日ほど続けると、手の皮が剥け、足の付け根に大きなあざができたが、負けず嫌いな私は、できないことが悔しく、習得の目標を達成するまで諦めなかった。約3週間後、ついに空中逆上がりを成功。 このように私は、目標達成に執着し、粘り強く行動し続ける。 中学生の頃、誰よりも職員室に通っていた。授業の疑問点やその他相談等をまとめ、すぐに先生に質問しに行った。疑問や困難をそのままにすることを嫌い、様々な教師との会話で、より多くの知識を得ることに喜びを感じる。勉強が理解できるようになることや、様々な大人の考えに触れることが好きで度々職員室に通っていたところ、先生方から「質問小僧」と呼ばれるようになった。私は、常に学びや知識を得たいという向上心がある。 高校時代、文武両道をモットーに部活と勉強に力を入れた。2年生の秋頃、ハンドボール部の新人戦でベスト8を目指し、毎日朝・昼・夜練習していた。しかし、同時に期末試験の時期となり、勉強時間の確保が困難だった。私は勉強と部活どちらも疎かにしたくない思いで、登下校中や休み時間等、隙間時間を活用して勉強した。その結果、ベスト8の目標を達成するとともに、英語の試験で満点獲得した。 私は時間を有効活用し、何事も全力で取り組む。 大学入学してコロナ禍、家で持て余す時間が増えたとき、何か目標を見つけたい、この時間を有効活用したいと思い、FP2級取得に挑戦した。取得には300時間の勉強が必要だったため、受験日から逆算し、一日の勉強時間と、どのテキストを一日何ページ進めるかを具体的に設定。毎日計画的に勉強し続け、約5か月後無事FP2級を取得。このように私は、長期間の計画を立て、目標達成に挑む。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 0 -
エントリーシート(コンサルタント職)
商社(総合・専門) 2024卒 男性
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Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に書いてください。(400-800文字)
A 小学校では負けず嫌い、中学・高校においては環境の変化に応じてやり抜く力、そして大学においては周りを巻き込む力が私らしさとして現れた出来事を記述している。 小学生:運動会のリレーの選手で補欠になった経験だ。小学校入学後、ないtおし運動会のリレーの選手に選出されていたものの、4年生じには補欠になってしまった。本番は走れない中で、選手とともに朝練習は毎回行っていたため悔しい思いをした。その後はその悔しさをバネに練習を重ね、残りの2年間はリレー選手に復帰することができた。 中学校:オーストラリア在住時の競泳だ。幼少から取り組んでいる競泳をオーストラリア在住時にも取り組んでいた。現地のクラブに所属しており、言語がネックであり練習の理解が困難であったこと、また渡豪前に骨折をしており半年のブランクがあったが、逆境の中において試行錯誤を繰り返し、全豪大会で6位入賞を果たした。 高校生:環境が変わった中で志望校に合格したことだ。私は高校2年時にオーストラリアから日本へ一人で帰国をし、一人暮らしをスタートさせた。第一志望の大学を目指し、家事と学校、受験勉強など、自律心を持ち生活を送っていた。そして結果として志望校合格を勝ち取ることができた。 大学生: 塾のスタッフとして合宿においてリーダーを務めた経験だ。私は推薦入試対策を行い大学へ進んだ経験を活かし、3年間通っていた塾が毎年開催している推薦入試対策合宿に卒業生として参加した。今日推薦入試の倍率が高くなっている一方、合宿の形態が毎年変わっていないことに疑問を抱き、学生という立場から社員に改善提案をし、採用された。その後企画を進めるべく卒業生スタッフをまとめ指揮を取った。私はプロジェクト成功まで導くため、士気を高めるため目的のすり合わせから行うだけでなく、各人の特徴を考し柔軟に指示をした。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 0 -
エントリーシート(ソリューションエンジニア職)
コンサル・シンクタンク 2024卒 男性
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Q 現在の研究テーマや卒論のテーマについて記入してください。(100文字以内)
A 冷蔵庫で地球温暖化を止めることを学んでいる。低電力、つまり、熱エネルギーを上手く使うことができる冷却技術を学び、冷蔵庫やエアコンに用いられている。これにより、限られた資源を有効に用いることができる。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 0 -
エントリーシート(ITコンサル)
IT・情報通信 2024卒 男性
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Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に書いてください。(400文字以上800文字以下)
A 【小学生時代】 小学2年生から始めた空手に打ち込み、大会で優勝することを目標に努力をし続けた経験だ。近所の友人から誘われて始めた空手だったが、一度決めたことには本気で打ち込む姿勢は当時から変わらなかった。所属していた成道会館において、段位は2段で大会では計3度優勝することができた。館長先生の教えもあり、学級委員長もなどにも積極的に務めた。 【中学生時代】 部活動と勉強の両立をし、文武両道のために努力し続けた経験だ。小学生の頃から足が速かったことで陸上部に入部し、100mにおいて全国標準記録突破を目指してライバルと日々競い合った。小学生の頃から常に競争の世界にいたことで、勉強においても学年1位になりたいと強く思うようになり、陸上との両立を図った。その結果、3年最後のテストでは5教科において学年1位を取ることができた。 【高校生時代】 陸上部で経験した挫折を乗り越え、最後の大会で目標達成をした経験だ。中高6年間の集大成として、最後の大会で100mの自己ベストを出すことを目標としていたが、その大会前に肉離れを起こしてしまい人生最大の挫折を経験した。心が折れそうな時期もあったが、勝負に勝ちたいという強い想いを胸に日常生活にまで落とし込んだ努力を約半年間続けた。その結果、大会1か月前に完全復活を果たし、自己ベストを大幅更新することができた。 【大学生時代】 陸上に打ち込む生活を終え、特に前半は新たな目標や将来について模索する時期を過ごした。そしてアルバイトや数々のコミュニティでの経験を経て、ITコンサルを目指す覚悟を決めた。しかし、化学科所属でIT知識が全くなかったことから、基本情報技術者の勉強を始めた。学生実験や実験レポートとの両立には非常に苦戦したが、合格することができた。現在は新たな資格やプログラミングの勉強を継続しており、目標達成のために日々着実に努力をしている。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 1 -
【内定】エントリーシート(ITコンサルタント職)
IT・情報通信 2024卒 男性
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Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に書いてください。(400文字以上800文字以下)
A 【小学:1週間で5000回素振りの練習をした野球の活動】 野球のクラブチームに入部した当時、私は下級生にレギュラーを取られてしまっていた。同級生の中で、唯一自分が補欠メンバーだったことが悔しく、親に1日1000回の素振りをすると約束をして、平日1週間で5000回の素振りをやり抜いた。これを続けることで、レギュラーメンバーに抜擢され地域の選抜メンバーにも選ばれた。 【中学:1日10km以上の練習を耐え抜き、区間賞を勝ち取った駅伝の経験】 走る事が好きだった私は、土日の野球クラブの活動の傍ら、駅伝部に所属し、100校近くの中学校が集まる地域の駅伝大会の優勝を目標に掲げ、活動した。毎日の取り組みでのタイムの上達と仲間との支え合いがモチベーションとなり、1日10km以上の長距離走練習に耐えきる事ができた。結果、部は大会で優勝、個人としても区間賞を勝ち取れた。 【高校:誰よりも自主練習に励んで、レギュラーを勝ち取り、チームで県ベスト4を達成した野球部の経験】 入部当初、自分はレギュラーメンバーに入れない状況だった。小、中でレギュラーだった自分にとってそれはショックとなり、そこからレギュラー奪取を目標に、誰よりも自主練に励むようになった。具体的には毎日全体練習後に居残り、時にはチームメイトにプレイ中の動画をとってもらうなど工夫を施しながら努力した。結果、レギュラーの座を勝ち取る事ができ、チームとしては創部以来初の県ベスト4を成し遂げる事ができた。 【大学:先行研究が無い中で、学会発表を目標に取り組み、1年間の活動の末、実現できた経験】 研究当初、自分の研究は先行研究がないなど、多大な労力が求められる研究テーマを選んだ中で、学会発表を目標に掲げた。目標達成の為には研究量、効率性の双方が必要不可欠と考え、それを満たすように行動することで、研究成果を生み出す事ができ、学会発表を可能にした。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 1 -
【内定】エントリーシート(ITコンサルタント)
エンタメ・レジャー 2024卒 男性
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Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に書いてください。(400文字以上800文字以下)
A 私らしさとは、リーダーシップ・熱意・行動力である。 【小学校】 地区の少年野球チームでキャプテンとしてリーダーシップを発揮し、それまで3割程度だった勝率の向上に取り組んだ。チーム内で日記を作成し、コーチや選手らと練習方法や試合での敗因などについて意見交換をした。その結果、得点力不足を補うため各自が自主練を行うようになり、勝率は6割まで改善した。 【中学校】 文化祭の展示の責任者を務めた。バルーンアートの展示を行うことになり、熱意を持って技術の習得に尽力した。放課後や休日に3か月間かけて練習を行い、他人に教えられる技量を身に付けたほか、2メートルの作品を最終的に作り上げた。今でもバルーンアートは特技である。 【高校生】 セパタクローの同好会を創立した。マイナースポーツであるセパタクローの魅力に惹かれた私は、行動力を活かし学校でプレーするための同好会を作ることを先生に打診した。しかし同好会を設立すること自体が稀であったため却下されてしまった。その理由を分析すると、私の説明はセパタクローの魅力を伝えるにとどまり、同好会を設立する利点を示せていない点に気づいた。そこで低予算・小面積で済むこと、体系的な練習と戦略分析により成長を促せることを改めて説明した。これにより、正式に同好会を発足することができた。 【大学生】 ダンスサークルで作品の監督を7回務めた。監督とは、振り付けの作成や曲の決定だけでなく、練習のスケジュール管理なども行う役職であり、先に挙げたリーダーシップ・熱意・行動力の全てが発揮された。出演者の特性を把握するために一人ひとりと積極的にコミュニケーションを取ったほか、観客側からの視点を得るために知人に意見を聞いて評価の高い作品について研究した。これらにより得られた知見を活かし、出演者が強みを発揮でき、かつ観客が満足できる作品作りに務め、結果として双方から高い評価を得ることが出来た。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 0 -
エントリーシート(ITコンサルタント(プレゼン選考コース))
コンサル・シンクタンク 2024卒 男性
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このQAはフューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの内容です。
Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に簡潔に書いてください。
A 私らしさは、「試行錯誤して目標を実現する」ことです。 小学生時代から好奇心が強く、◯◯や◯◯、◯◯を習っていました。特にスポーツでは1つの動作を覚えては次の動作を主体的に学び、さらにはそれらを組み合わせて応用して取り組んでいました。その結果、◯◯では◯◯で1番に、◯◯ではレギュラーに入ることが出来ました。 中学生時代には◯◯部に入りました。◯◯は◯◯と◯◯をしました。◯◯は自分にとって全く新しく、最初は◯◯に苦労することが多かったですが、放課後や休日だけでなく昼休みにも時間を見つけては練習に取り組みました。その結果、◯◯大会に出場することが出来ました。 高校生時代には、志望校合格に向けて目標を事細かに決めて勉強に取り組みました。具体的には1週間、1ヶ月単位で各科目の進度を決めて、模試で結果を出すように心がけました。時には結果が振るわず落ち込む時もありましたが、先生方や友達に相談しながら進度を訂正し、粘り強く最後まで諦めました。その結果、第1志望の◯◯に合格することが出来ました。 大学生時代には、アルバイトで塾講師を始めました。特に苦労したことは、生徒の成績向上です。私が取り組んだことは2つあります。1つ目は、生徒と同じ目線に立って話をし、仲良くなることです。趣味などの話をすることで生徒と先生という上下関係を感じなくさせ、生徒が話しかけやすい環境を作りました。2つ目は、些細なことでも生徒を褒めることです。これはピグマリオン効果といい、褒めることで生徒の学習意欲を向上させ、勉強に対するモチベーションも高めることが出来ます。これら2つに特に取り組むことで、生徒の成績向上、そして志望校合格を実現させました。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 0 -
エントリーシート(ITコンサルティング職)
IT・情報通信 2023卒 男性
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このQAはフューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの内容です。
Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に簡潔に書いてください。
A 『小学生時代』 入学時はなかなか友達ができず、クラスに馴染めない少年でした。しかし、地元のサッカーチームに所属してからできた友達と仲良くなり、学校でも話したりして交友関係を広げていきました。卒業時には友達と遊ぶことが大好きな活発な少年に成長しました。 『中学生時代』 勉強と部活の両立に励み続けました。勉強面では、定期テストで常に高い点数を取り続け、3年生の時に生徒会長を務めました。主に委員会の運営や体育祭、音楽祭などの学校行事の運営に取り組み、生徒会ならではの体験をすることができました。また、部活動では常に一生懸命に取り組むことを意識し続けました。顧問の先生は非常に厳しい先生でしたが、部活動での態度、姿勢を評価され、部長を務めました。このような経験から、私は責任感をもちチームを引っ張ることの重要性を学びました。 『高校生時代』 中学校よりレベルの高い文武両道に取り組もうと、勉強・部活ともにレベルの高い高校に進学しました。特に部活動は県内屈指の強豪校で部員一人一人のレベルが高く、なかなかレギュラーになることができませんでした。しかし、練習中のコーチが求めていることを常に考え、自分の改善点を自主練習で補い続けました。その結果レギュラーの座を掴むことができました。当時大事にしていた「日頃の大切さ」の意識は今でも自分の基礎基本となっています。 『大学生時代』 中学、高校時代で文武両道を目指してきた私は、似たような価値観を持ち、気が合う人との繋がりが多かったのですが、大学生では部活動には所属せず、多様な価値観を持つ人との交流が増えていきました。それによって、人とのコミュニケーションの取り方や接し方を工夫し、さまざまな考え方を取り入れることができました。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 0 -
エントリーシート(総合職)
IT・情報通信 2023卒 女性
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このQAはフューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの内容です。
Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に簡潔に書いてください。(800文字)
A (小学生) 4年生のとき、運動会で大縄跳びをやることになりました。私は縄が怖くてタイミングよく入ることができなかったため、クラスの男の子にいつも怒られ、いつも泣いていました。しかし、うまくなって絶対にクラスメイトを見返したいと思い、大繩を買ってもらい家でたくさん練習しました。すると、小学校を卒業するころには1番得意な競技になっていました。 (中学生) 中学に入ってからはダンス部に所属し、3年生のときには都大会に出場しました。私は演技中に技を任せられていたため、この練習を重点的に行っていましたが、自主練中に失敗して背中から着地してしまいました。その結果、技をすることがトラウマになってしまい、うまく跳べなくなってしまいました。しかし、恐れずに何回も練習することでトラウマを克服し、本番で無事成功させることができました。 (高校生) 中高一貫校に通っていたため、引き続きダンス部で活動していました。2年生になり、最高学年として文化祭をつくっていく立場となると同時に、文化祭で使用する曲を編集する係を担っていました。この係になった理由は、パソコンを使うことに興味を持っていたからです。しかし、曲編集は思っているほど簡単でなく、忙しい中で友達の要望に応えるために何度も編集しました。これができたのは、完成したCDを渡したときに「ありがとう」と言ってもらえたからです。 (大学生) カフェのホールでアルバイトを始めました。当初は皿洗いしかさせてもらえない上に、いつまでたっても洗い終わらない量だったため、初日に心折れたのを覚えています。その後も覚える業務量は多く、何回も間違え、何回も怒られ、何回もやめようと思いました。しかし、このままあきらめるのは癪だと思い立って、自ら年末年始の忙しい時期にシフトを入れ鍛えました。すると、先輩に効率よく動けているとほめていただけました。今でも年末年始は連勤するようにしています。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 0 -
エントリーシート(ITコンサルティング職)
マスコミ 2023卒 男性
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このQAはフューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの内容です。
Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に簡潔に書いてください。(800字以内)
A 私は小学校で〇年生時に学級委員長を務めました。〇年生時ということでクラスの代表だけでなく学校の代表としての自覚をもっていました。他の生徒の見本になる立場に自ら立つことで自分自身に圧をかけ、律していました。このように自分が成長できる環境に自ら飛び込んでいくところに自分らしさが表れていると考えています。私は中学校で高校受験のために英語・漢字・数学検定で3級を取得しました。家庭の事情で私立高校ではなく都立高校に必ず進学したかったので、内申点のプラスになる検定3級をすべて取得しました。このように目標を達成するために自分が行えることはすべて行う所に自分らしさが表れていると考えています。私は高校でバスケットボール部に所属し、練習長を務めました。都立高校ということもあり、限られた練習時間の中で如何にして効率的に練習すべきか熟慮しました。バスケットボールの対人練習では少ない人数形式から始め、最後にゲーム形式を行うのが一般的です。しかし私はゲーム形式を最初に行い、個々人の課題を明確にしたうえで少ない人数の練習を行うようにしました。これによって課題を意識した効率的な練習が可能になりました。このように限られた時間の中で如何にして効率的に成長できるか考えるところに自分らしさが表れていると考えています。私は大学入学時から現在までバーでのアルバイトを継続しています。私のアルバイト先では飲み放題プランが基本であり、有料ドリンクの売上を向上させる課題がありました。私は有料ドリンクを購入しているお客様と会話をすることで、罰ゲーム感覚で購入している人が多い事を知りました。この意見を基に、ドリンクの価格が変動する「〇〇〇〇〇〇」を提案しました。制度を導入した結果、売上は約2.5倍となりました。このように課題に対して実際に足を動かし、お客様の声を直接聞き、解決を図る行動力に自分らしさが表れていると考えます。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 0 -
エントリーシート(SE)
コンサル・シンクタンク 2023卒 男性
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このQAはフューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの内容です。
Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に簡潔に書いてください。(800文字以下)
A 私らしさは、課題に対して率先して行動を起こす姿勢だ。小学校ではサッカークラブでチームを引っ張って試合で勝利し、最優秀選手賞を受賞した。当時チームにはキーパー経験のある選手がおらず立候補者もいなかったため、監督に出場を停止すると言われてしまった。そこで私はキーパーに立候補し、再度試合ができるよう監督ややる気をなくしたチームメイトを説得した。加えて自主的にキーパーの練習を徹底して行った。結果、再度試合の出場が決まり、試合では勝利することが出来た。中学校では、3年次に合唱祭のパートリーダーを勤め、優勝に貢献した。当時男子パートには知識のある人がいなかったため、私が男子のパートリーダーに立候補した。練習の過程ではインターネットで合唱のコツを調べて技術の向上に勤め、また合唱を音楽の先生やクラスの女子たちに見てもらい、フィードバックをもとにさらに改善を重ねた。結果として6クラスの中で優勝することが出来た。高校時代には、3年次に文化祭で時代劇の総監督を勤めた。準備の過程で2つの課題があった。1つ目は予算に限りがあること、2つ目は生徒が皆受験を控えているために人手が不足していることだ。1つ目の課題に対し、解体業者や着付け屋に掛け合い、木材と着物を無料で調達した。2つ目の課題に対し、シフト割り当て表を作成して人材配分を最適化した。その結果、8クラスの中で準優勝という成績を収めた。大学時代には、アルバイト先のコンビニで残業時間の削減に貢献した。そのなかでは2つの課題があった。1つ目は役割分担がされておらず、無駄な動きが多いこと、2つ目はタイミングが曖昧で、作業が後回しにされていることだ。1つ目の課題に対し、店長に提案して事前に役割分担を確認する制度を導入し、連携を強めた。2つ目の課題に対し、作業のタイミングを定め、明文化した紙を貼りだした。その結果残業時間を1時間から10分まで減少させた。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 1 -
エントリーシート(ITコンサルタント)
メーカー(自動車・機械・電気・素材) 2023卒 男性
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Q 自分らしさが表れたエピソードを小学生時代から簡潔に教えてください (800文字以内)
A 小学生の頃に野球をはじめ、将来の夢はプロ野球選手と話していました。和当時の私がプロ野球選手になりたいと話していたのは、自身の中に野球がうまい人=プロ野球選手という認識があり、野球がうまくなりたいという気持ちの表れだったと考えています。また、練習のない平日には、一人で野球場に向かい壁当てをしたり、毎日グローブを枕元において寝るなど、野球に没頭していました。 中学校でも野球部に所属し、部活動に加え地元のクラブチームに参加し、週7日で野球をしていました。当時の目標は、毎年夏の大会が終わると各チームから選抜選手が召集されるため、地区選抜選手に選ばれることを目標に取り組んでいました。結果的に3年生の夏に選抜され、地区選抜として合同練習会や練習試合に参加することができました。 高校では男子バレーボール部に所属していました。中学校まで野球をしていた私にとって、野球以外の競技に挑戦することは初めての経験でした。高校の部活動では、初めにベンチ入りすることを目標に、バレーボールに必要な技術の習得に努めました。その結果、私は未経験で入部した同期の部員の中では一番初めにベンチ入りすることができました。 大学では、小学生のころから書道を続けていたため、書道部に所属しています。書道部では、毎年4月に書の美しさを競う競書大会に出品しています。私はより高い賞を受賞することを目標に、作品制作に励みました。中でも、大学の書道部では創作作品の制作に初めて取り組み、競書大会だけでなく年2回の部書展にも創作作品を出品しています。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 1 -
エントリーシート(コンサルタント職)
エネルギー 2023卒 男性
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Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に簡潔に書いてください。
A (小学校)リーダーをやってみたくて学級委員長に。しかし自身は宿題を忘れたり期限を守らなかったりしており、だらしないことを怒られた。リーダーは見本となる姿勢が前提なのだと学んだ。 (中学)運動能力を測るテストで学年ワースト3%に入り、自身が運動音痴だと知る。しかし運動に真剣に取り組んだら克服できると考え、ソフトテニス部への入部を決意。部活漬けの日々、伸びは早くはないが厳しい練習でも必死に食らいつき着実に力をつけた。負けず嫌い精神もあり、徐々に序列が上がっていき最終的にベンチ入りすることができた。 (高校)中学では学年トップ3が当然で勉強には自信があったが、今まで以上に勉強をしても360人中180位ほどであり、自身は実は大したことないと感じ挫折を味わった。しかし自身の勉強能力はこれが最大の力ではないと思い戦略を立てて勉強することを決意。刺激的環境で目に見える成長を感じられることに楽しさを感じるという客観的分析から、ゲーム、SNSアプリを全て削除し、勉強時間を可視化して上位1割層の友人たちを巻き込み勉強時間を競い合うようにした。そして日々地道に勉強を続けた結果順位が2桁になり勉強の楽しさを実感した。さらに努力した結果最高順位は10位となった。 (大学)塾講師のアルバイトを始める。塾講師の中で偏差値的に私はトップだったので、周りから特に学ぶことはないと思っていた。それが態度として出たのか、全くなじめなかった。この経験から謙虚さの大切さを感じ、謙虚さを身体に染みこませるため学歴など全く関係がない、歓楽街の回らない鮨屋でアルバイトを始める。相手を尊敬し常に何かしら学ぶという姿勢をとったり、共通の話題のためにパチンコへ行ったり近くの飲食店へ行ったりという行動から、可愛がってもらえた。この経験から常に謙虚な姿勢、相手の目線に立ち、歩み寄る行動を心がけている。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 0 -
エントリーシート(総合職(プレゼン選考))
メーカー(食品・医薬・生活・他) 2023卒 男性
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このQAはフューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの内容です。
Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に簡潔に書いてください。(800文字以下)
A 小学校の頃はそろばんを習っていた。取り組んだ時間に比例して確実に上達することに楽しさを感じ、教室が休みの日も家で問題集を進めていた。 中学校の頃は数学の問題集に没頭していた。最初は全く解答の方針が立たない問題でも、粘り強く考え、ゴールまでの糸口が突然見つかった瞬間が特に嬉しいと感じており、土日の日中もずっとやっていた。 高校の頃は友達の誕生日動画を編集することに注力していた。スマホで撮った映像が自分の手でTV番組のように変化を遂げていくのが面白く、何人かの友達と夜通しで編集をすることもあった。 大学の頃は長期休みを使って友達との旅行を楽しんでいた。特に2泊3日の○旅行では、旅行ガイドマップを1ページずつ読み込んで気になった観光スポットをリストアップし、旅行代理店の方を巻き込んで最適ルートを一緒に考えるなどしていた。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 1 -
エントリーシート(アーキテクトタイプ)
コンサル・シンクタンク 2023卒 男性
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このQAはフューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの内容です。
Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に簡潔に書いてください。(800文字以下)
A まず私らしさは3つある。それは①他者貢献、②先回り力、③知的探求心が旺盛だ。小学生時代は、「そろばん塾での段位取得」において③知的探求心が旺盛が現れた。小学3年生次に学校の授業を通して算数に面白さを見出し、より能力を向上させたいとの思いから、そろばん塾への入塾を決めた。その後、毎週3日通い続け、1年間で「そろばん初段」と「暗算2段」を獲得した。中学生時代は、「野球クラブチームでの組織改革」において➀他者貢献が現れた。私は硬式野球のクラブチームに所属し、中学3年生次には主将を務めていた。その後、新任のコーチが就任したが、指導方針の違いから選手と指導者の間で衝突が起きた。私はチーム全体に愛着を持っていたため、衝突の解決に尽力した。具体的には双方の意見を何度もヒアリングし各選手にメニューの作成を行った。しかし練習はそれぞれ異なり、実行には指導者の増員が必須であった。そのため私はOBと接触し、臨時コーチとして参画してもらうことで解決した。高校生時代は、「文化祭クラス代表」において②先回り力が現れた。高校の文化祭クラス代表を務めた際、事前に当日のクレームやトラブルを想定したマニュアルを作成した。昨年、飲食店を出店した先輩に聞き取りをしたほか、他クラスの飲食店と情報交換会を開催し全体でクレームを減少させる取り組みを行った。また、過去の売上トップの飲食店の取り組みを参考にし、私の店舗は校内トップの売上を上げることに成功した。大学生時代は、「長期インターンでの業務効率化」において➀他者貢献が現れた。同社は副業人材と企業を繋げる事業を行っており、営業の前段階で企業HPの情報と営業可否の基準を1社ごとに毎回参照していたため非効率であった。そこで私は自社サービスとマッチする要素をリストアップ・スコアリングし、アプローチ予定企業の情報を入力しておくことで社員のリサーチから営業までの時間を短縮した。 フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 1 -
エントリーシート(ITコンサルタント)
建設・不動産 2023卒 男性
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このQAはフューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの内容です。
Q 貴方らしさが最も現れた出来事を小学校、中学校、高校生、大学生の各年代順に簡潔に書いてください(800文字以内)
A 【小学生】一度始めた物事は必ず完遂させるという私らしさが現れました。小学2年生からバスケットボールのクラブに所属し、全国大会出場を目指して週5回の厳しい練習を5年間こなしました。あまりの厳しさに途中で辞める部員もいましたが、中途半端な状態で終わりたくないという思いから、小学校卒業まで続けました。また、バスケットボールの他にも水泳を4年間続けました。学校では運動会の応援団長を務めました。 【中学校】他者に頼られるために努力するという私らしさが現れました。中学校でもバスケットボール部に所属し、自主練の際には頻繁に初心者に教えていました。多くの人に様々なことを教えるために、自身も先輩に教えてもらうことで技術を磨いていました。また、勉強面においても同様に、自分を頼ってくれる人には惜しみなく勉強を教えていました。そのせいか、クラスメイトから先生と呼ばれることもありました。 【高校】悔しさをバネに努力するという私らしさが現れました。高校でもバスケットボール部に所属しましたが、自分よりバスケットボール歴の浅い部員にレギュラーを取られ、悔しい思いをしました。そこで私は、当時課題としてあった体の弱さとシュート決定率の低さを改善するために、自由参加であった朝練に毎日励みました。この結果、高校2年生時にはレギュラーを獲得し、チームの勝利に直接的に貢献する喜びを感じました。 【大学】リーダーとして全体を牽引するという私らしさが現れました。大学では個別指導塾のアルバイトに注力し、生徒や保護者様だけでなく、従業員に対しても積極的に声掛けを行っていました。特に従業員の不安解消のために行った「共通テスト対策研修」の運営に力を入れました。全従業員に協力を募る際には、“人を動かすにはまず自分から”と考え、自ら7科目分の過去問を解き、熱意を伝えることで全員を巻き込みました フューチャー(フューチャーアーキテクト)の本選考ESの回答です。 1