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28期連続増収増益!快進撃を続けるニトリと似鳥昭雄社長の破天荒な人生

28期連続増収増益!快進撃を続けるニトリと似鳥昭雄社長の破天荒な人生

最終更新日:2016年12月09日

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「お、ねだん以上。」の広告でおなじみの株式会社ニトリ。2008年のリーマンショックよる景気の落ち込みなどもよそに、売上高と営業利益については28期連続で、純利益のみで見ても16期連続で過去最高を更新し続けるという超優良企業です。ここまでくると常に成長は当たり前、業績には不安材料がなさすぎて逆に退屈な企業などと株式市場関係者からは言われることもあるようです。
そんなトンデモ企業のニトリですが、同社の創業者であり代表取締役社長の似鳥昭雄氏の経歴はもっとトンデモな内容となっていました。似鳥社長の経歴については過去に日本経済新聞の「私の履歴書」のコーナーでも紹介されたことがあり、掲載当時はその過激さから大変話題になりました。

(※2016年1月26日に、似鳥昭雄氏の退任が報じられました。会長となり、代表権は維持しています)


日経に掲載して大丈夫?破天荒すぎる似鳥社長のエピソード

すでにご存知の方も多いかもしれませんが、日本経済新聞の「私の履歴書」というコーナーでは、有名企業のトップなど多くの著名人が自身の半生を綴っています。「若い頃は結構無茶をした」といった類のエピソードはもちろん多くあるのですが、その中でも似鳥社長のものは群を抜いて破天荒です。本コラムではその一部をご紹介します。

①父がヤミ米の仕入れと物流を担当し、母が販売する

1944年に樺太に生まれた似鳥社長、当時はまだまだ日本も貧しい時代でした。そこで、似鳥家は生きていくために止むを得ず家族で違法とされていたヤミ米を売って生計を立てていたのです。

 

田んぼを回り、稲を食べると出来栄(できば)えが分かったらしい。
そこで農協より少し高く買い、利ざやを少なくして正規米より安く売るというわけだ。

父がヤミ米の仕入れと物流を担当し、母が販売する姿はニトリの初期の経営に似ていた。

出典: 「帰国後、母はヤミ米屋に」日本経済新聞 私の履歴書「似鳥昭雄」より

 

生きるためには仕方がなかったこととはいえ、ヤミ米の仕入れから販売のフローを自社の経営と似ているとまで言ってしまうところが面白いと感じます。
ちなみに、通常の小売とは異なり、原材料の仕入れから物流、販売まですべて一貫して自社で行うことで徹底したコスト管理を実現しているのが現在のニトリです。ニトリの持つこの一連の体系は「製造物流小売業」と呼ばれています。


②教授の弱みを握って留年回避

似鳥社長は大学に進学しものの、講義内容がわからず留年不可避と感じていたとのことです。しかし、両親は留年を断固として認めず、そこで、社長は単位獲得のためにかなり変わった方法で教授に働きかけていたようです。

簡単には単位をくれない先生がいた。そこでその先生を尾行してみた。そのうち札幌市内に行きつけの飲み屋があることが分かった。どうも店のママがお気に入りで、時間さえあればこの店で飲んだくれているようだ。

先生が飲んでいる日に私も入店。そしてさりげなく先生に近づいた。「偶然ですね。私は先生の門下生です。講義は本当に面白いです」と話しかける。酒を飲んでいるうちに、先生が恐妻家であることが分かった。そこで先生の奥さんに電話し、「教え子の似鳥と申します。今日は先生を朝までお借りしますから」とアリバイ作りに一役買った。

出典:「留年回避に必死」日経新聞:私の履歴書「似鳥昭雄」より

 

例えば、慶應義塾大学ではテスト用紙の裏に応援歌である「若き血」の歌詞と嘆願文言を書くことで単位がもらえる教員もいるといった噂も一部あるようです。しかし、似鳥社長はそんな学生にありがちな単なるお願いで終わらせず、相手にとってメリットのある提案をする点が賢いと感じます。


③ヤクザを演じてツケを取り立て学費を稼ぐ

また、似鳥社長は貧しい家族に負担をかけないため、大学の学費も生活費もすべて自分で工面していました。それも、普通ではありえないようなアルバイトでお金を稼いでおり、学生の頃からその商魂たくましさは発揮されていたようです。

アルバイトでは夜のスナックで客の未払い金の「取り立て屋」をしたことがあった。当時は高倉健や菅原文太らの任侠映画の時代。私は浴衣を着て、「その筋の人」を演じる。

近所に住む弟分を引き連れ、ツケを払わない客の元へ出向く。「ごめんなすって」。もちろんなかなか支払いに応じようとはしない。そこで弟分が暴れる。そして兄貴役の私が「お客さんは払わないとは言ってないだろう」となだめ役に回る。するとたいていの客は払ってくれる。スナックのママは「どうやって回収したの」と驚き、取り立てたお金の半分をもらった。

(出典: 「留年回避に必死」日経新聞 私の履歴書「似鳥昭雄」より


 

④ノルマ未達で解雇の危機、上司に借金を背負わせ回避

社長は大学卒業後、父が経営する似鳥コンクリート工業に勤めはじめました。しかし、盲腸を患った際にも「働け」という父から、自分の身を守るために実家を脱走し、広告会社に再就職したといいます。
そのままその広告会社で働いていたもののなかなかうまくいかず、ノルマ未達成で解雇の危機という非常に厳しい状況にも直面しました。そこで似鳥社長がとった行動は漫画の中の話かと思ってしまうほどに突飛でした。

6カ月契約の広告をもっぱら中小企業から取ってくる仕事で、会社と雇用契約を結んだ。1カ月50万円の広告獲得がノルマだが、私は全く達成できない。
(中略)
ノルマが達成できないと本当は辞めさせられてしまうが、住むところもない。
(中略)
私も解雇の対象だが、一つだけ生き残る道を見いだした。花札だ。
所長が大の花札好きで、毎日のように所長室に呼ばれ、朝方まで付き合わされる。実は花札は得意中の得意で、ほぼ所長を負かしていた。私へのツケは3カ月分の給料に相当する金額になり、催促しても払ってもらえない。私はこう言い放った。「クビの時は借金を返してくださいよ」

出典: 「父の会社手伝う」日本経済新聞 私の履歴書「似鳥昭雄」より

 

なお、最終的には所長からツケを支払われて解雇されたとのことです。手段の是非は置いておいて、現状に立ち向かうための発想の柔軟性がすさまじいのも似鳥社長の特徴です。


数々の修羅場を生き抜いてきたタフネス

上記で紹介したトンデモエピソードは、似鳥社長の経歴のほんの一部にすぎません。
他にも、ニトリ創業間もない頃に当時の営業部長による商品横流しといった裏切りからの再起など、驚きのエピソードはまだまだたくさんあります。
日経新聞にこの連載がされていた頃、ちょうど競合である大塚家具の親子喧嘩が話題になっていましたが、それが霞んでしまうくらいに似鳥社長の「履歴書」は並はずれたものでした。連載当時は日経新聞を裏から読んでいた人も多くいたのではないかと思います。

ポリティカルコレクトネスの観点では問題のある内容のオンパレードであり、この記事の内容に関しては当然賛否両論あります。しかし、逆境からの立身出世が人の心を惹きつけるのは間違いなく、社長のこうした経験が今のニトリの快進撃の原点となっているのかもしれません。

このように、創業者の話を入口にして企業に興味を持つのもひとつだと思っているので、色々調べてみると面白いのではないでしょうか。

photo by See-ming Lee

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